特集インタビュー
仕事と家庭のバランスがとれる別府での生活
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  • 山田裕貴(ひろたか)さん

    福岡県出身
    別府市のAPU(立命館アジア太平洋大学)を卒業後、東京で就職。
    2016年に家族で別府市に移住。
    (情報は2021年取材時のものです)

2016年4月、家族で移住した山田さん。別府は奥様の実家であり、山田さんが大学時代を過ごした地でもある「第二の故郷」です。仕事一色だった東京との生活から一変、家族との時間も確保した暮らしを実現しています。別府での生活や仕事について、お話をお聞きしました。

 

 

家族との時間を優先するための決断

「もう、満員電車には乗れませんね」

冗談半分で笑う山田さんは現在、自転車通勤しています。帰宅は19時ごろ、残業はほとんどありません。夜は奥様、3人の娘さんたちとゆっくり過ごす時間です。

家族との時間を大切にする、優しい笑顔のパパ。そんな山田さんも転職・移住前はずいぶん違った生活を送っていました。

「東京での生活は、仕事優先でした。勤務地は東京だったのですが、業務上の都合で九州を訪れることも多かったですね。朝に東京を出て北九州へ行き、その日のうちにまた東京へ帰る、なんてこともあって、頻繁に往復していました。ホテルに泊まることも多く、家族との時間は今よりずっと少なかったです」

山田さんが精力的に働く一方、子供ふたりの育児をひとりでこなしていた奥様。そんな様子をみた山田さんは、そろそろ家族を優先に考えなくてはと思うようになり、転職を決意します。そして奥様の実家があり、自身も縁のある別府への移住を選択しました。

奥様からは、以前との生活と比べ「毎日帰ってくるだけでよし!」と、冗談半分で言われるそうです。

 

実現できる土壌がある会社を選択

東京での仕事の関係で、多くの不動産会社と取引があった山田さん。現在勤務する「別大興産」も顧客の一社でした。あまたある不動産会社のなかで、とくに会社の雰囲気のよい会社だと感じたそうです。社員の方々とも交流があり、ますますよい印象を受けました。

くわえて「別大興産」の拠点は福岡県と大分県。いずれの勤務地になっても、夫婦どちらかの実家がある、という安心感もありました。

挑戦できる環境が整っている点も大きな決め手です。仕事に対して意欲的にチャレンジし実行できる、その土壌がある会社だと思い転職しました。

「実際に働いてみて、私の提案を受け入れてもらえる環境があって、ありがたいですね。会社の方針に沿っていれば、チャレンジしたいこと、新しいことも実現できる会社です。
現在は総務として採用の担当をしていますが、採用イベントを企画したり、オンライン説明会を行ったりしています。入社当初も学生向けのお部屋探しサイトのリニューアルを提案し、企画が通って実施できました」

 

人のあたたかさに触れた大学時代

高校卒業までを実家の福岡県で過ごした山田さんは、APU(立命館アジア太平洋大学)に入学し、別府市へ移り住みました。

海外からの留学生と日本人が半数ずつ在籍する国際色豊かな大学で、授業以外も積極的に行動しました。先輩とともに企業等のホームページ制作を行い、その活動を起点にたくさんの出会いがあったそうです。

スマトラ沖地震の際には、なにか支援できないかと先輩たちとチャリティ企画を実行。大分の企業・個人問わず、知り合った多くの人に支援をお願いすることで支援・寄付をいただけ、最終的な寄付金は数百万円にものぼりました。

地域の人々から手助けやアドバイスなどを数多く受けた大学時代。その経験があるため、いつか恩返ししたいと感じていました。当時、山田さんが感じたあたたかさや懐の深さは、今でも変わりません。

大学卒業と同時に上京したのは、首都圏で最先端のものや情報に触れたいとの思いからでした。

「福岡を出て別府へ来た時には、情報格差を感じました。大学生活を送る中で、自分の知っている世界は狭いなと感じたんです。当時は首都圏発のものや情報が多く、それに触れるために東京で就職しました。
今はずいぶん状況が違うと思います。オンラインでできることが増え、情報格差は以前より感じません。社会の状況や技術進化のおかげですね。本当に必要だと思ったときには、東京でもどこでも、飛行機ですぐに行けるので、大分だからといって困ることはあまりありません」

 

ここにしかない“独特な空気”がある別府

家族のことを考えて移住・転職を決め、現在は思い描いた生活を送っている山田さんですが、今後についてのお話も聞いてみました。

「地方でも充実して働ける、おもしろいことができる環境を整えたいですね。もっとおもしろい人やことが別府・大分に集まれば、より楽しくなりますから。それを進める企業のひとつでありたいと思います。
会社だけなく、個人的にも。今は家族優先ですが、子供の手がかからなくなったら、もう少し町にでて活動してみたいですね」

現状を見極め行動を続ける山田さんは、ライフステージの変化に合わせて柔軟に対応し生活しています。新型コロナの流行で外に遊びに行けなくなってからは、バーベキューや燻製など、家でできる楽しみを増やしたそうです。

最後に、大分県や別府市への移住が気になる人へ、メッセージをいただきました。

「別府は温泉でコミュニケーションをとる文化が浸透している場所。温泉と公民館が併設されている町もあまりないと思います。オープンな人が多いのも特徴です。別府生まれの妻も、人とすぐに仲良くなれて、いつも感心してしまいます。
観光客や留学生が多いからか、どんな人も受け入れる空気があって、独特なものがある場所。毎日地域の温泉に通う文化で子供が成長し、地域ぐるみで子供を育てるようなイメージもあります。私はそんな空気がとても好きです。
 家族を優先にしたいなら、大分・別府での生活はおすすめです。不便もないし、コンパクトなコミュニティで暮らしやすいですよ」

 

 

家族との時間は十分にとりつつ、前職で培った経験を存分に活かし、張り合いのある仕事ができていると語る山田さん。バランスのとれた生活リズムと仕事の充実、このふたつを無理なく両立できる環境が、別府にありました。

PROFILE
  • 株式会社別大興産 別府本社 総務部係長
    山田裕貴(ひろたか)さん

    福岡県出身
    別府市のAPU(立命館アジア太平洋大学)を卒業後、東京で就職。
    2016年に家族で別府市に移住。
    (情報は2021年取材時のものです)

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